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今年一年の感想

東日本大震災という大きな出来事を通して、貴重な体験をしました。
東電の原発事故は、これからも、いろいろな影響を及ぼすでしょう。

復興に向けて、みんなが協力するという姿が報じられる一方で、原発避難民への差別、がれき処理を受け入れない地域のあることの現状があり、きれいごとで片づけていいのかと思いました。
世間というのは、矛盾だらけだとつくづく感じます。

でも、それに振り回されることもなく、自分のできることをしていく。

そういう気持ちで来年を迎えたいと思います。
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by keika-ch32 | 2011-12-30 13:59 | エッセイ

丹後半島周遊の旅(3)

2011-11-24(水)の行程(ツアー)

朝、城崎温泉を8:25出発して、こうのとり文化園は8:55~9:15休憩かねて見学。そのあと、栗田駅から四所までの間、北近畿タンゴ鉄道にのり、由良川をわたる。昼食は、とれとれセンターで、11:20~12:20の間とり。そのあとは、美山のかやぶきの郷へ。13:55~14:55散策。そのあと、京都駅へ16:25到着。帰りの新幹線は、18:29なので、それまで、ぶらぶら。東京駅は、21:10着。自宅へは、22:30着。

お天気は、夜中から雨が降り、朝も雨が降っていた。雨が止んだのは、昼ごろか。そのあと、美山での見学も、小雨がすこし降ったりしていた。この地方は、ほんとに傘が手放せない。

[こうのとり文化園]

予定外のおまけでしたが、鶴とこうのとりの違いは、足が赤いのがこうのとりだとか。

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[北近畿タンゴ鉄道]

由良川からは、海しか見れず、それが、絶景とのことだが、たいしたことはないというのが、正直な感想だ。
要するに、海の上にある鉄橋を渡っただけのこと。

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[美山かやぶきの郷]

ここらは、北山杉が多く、とても美しい風景だ。
この里は、白川郷と大内宿についで、日本では、第三位とのこと。
ただ、かやぶきは、やはり、白川郷のほうが、りっぱである。家屋が、しっかりとした太い柱で立てられ、高さもある。
ここでは、普通の住宅の屋根が茅葺という程度な印象だった。ただ、里の全景をみると、美しい。近くでみると、ぜんぜん違う。ほとんど、今も、生活をしているお宅なので、見学は、一か所の見学場所が設けられていただけ。

ここの特徴は、やはり、まわりの北山杉の風景ではないかと思った。静かな、いい里だ。
こうして、観光地として、保存できるといいと思った。そうしないと、いずれ、みな、現代風の家屋になっていくだろう。ほかの地域も、そんな感じだったから。

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by keika-ch32 | 2011-11-27 15:27 | 旅行記

丹後半島周遊の旅(2)

丹後半島周遊の旅(2)

2011-11-23(水)の行程(ツアー)

朝は、宮津ゆらゆら温泉(宮津ロイヤルホテル)を8:30出発。伊根の舟屋の遊覧船は、9:20~9:50の間。それから、昼食をとり、天の橋立で10:20~12:00の間、見学したり散策したりする。その後、琴引浜で、13:35~14:05鳴り砂の体験。あとは、城崎温泉へ。温泉へは、15:30に到着し、宿入りして、外湯めぐり。

お天気は、夜中は雨が降り、朝は晴れた。ところが、その後、降ったりやんだり。


[伊根の舟屋]

ここでは、曇りで、風が強く、遊覧船の中も、寒かったが、なにしろ、たくさん乗っているので、それどころではない。かもめのエサやりに夢中の人のために、なかなか、いい写真がとれなったものの、湾内をぐるりと回り、集落全体が見れてよかった。思ったりよりも、大きな集落で、たくさんの舟屋があり、びっくりした。

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[天の橋立]

バスは、傘松公園の下にある、籠神社(このじんじゃ)で降りた。そこから、地元のガイドが説明しながら、ケーブルカーまで案内してくれ、そこから、新展望台へ。
いったん、解散後、夫と、写真をとったり、股のぞきしたりしていたが、ふと、「元祖股のぞきの場所」というのぼりに気が付く。
そこが、私が昔、股のぞきした場所だと確信し、夫と階段をのぼり、再訪のよろこびにひたる。
昔、妹と、冬に来て、まだ、雪が残っている階段を登った記憶が鮮烈だったのだ。そのため、ケーブルカーにのったことも忘れてた。今は、あまり、人が来なくなった所だが、残っていて、よかった。
このあと、リフトで下山し、(私は怖かったが)、籠神社で、ゆっくりとお参りした。

[新展望台から]
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[元祖の場所から]
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[琴引浜]

ちゃんと、ガイドつきの案内で、鳴き砂は、雨が降ると、鳴かないとのことだったが、やはり、前夜に雨が降り、鳴りがよくなかった。人によっては、うまり、音を出していたが、私はだめだった。でも、あの砂浜の色の美しさだけでも、大満足だった。

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[城崎温泉]

このあと、城崎温泉へ。湯めぐりについては、私は、要領がわるく、七つの湯のうち、一つだけしか回らなかった。また、祭日のため、街は、人と車にあふれ、湯どのも混雑していて、ぜんぜんいい気分を味わえなかった。
どうも、私は、温泉というのは、のんびりと、ゆったりと入りたいらしい。とにかく、狭くて、混雑しているのは、いやなのだ。
ほかのひとは、割り切って、さっと入り、また、次へと、回ってたけど。
どの湯も、歴史があるらしいので、ここでは、批判めいたことはやめておく。
あとは、満足の一日だったから。
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by keika-ch32 | 2011-11-27 14:58 | 旅行記

丹後半島周遊の旅(1)


2011-11-22(火)の行程(ツアー)

朝、東京駅を8:59のこだま841号で出発。岐阜羽島には位置11:59到着。そのあと、滋賀観光バスに乗車して、舞鶴方面へ出発。途中、美浜のちどり苑で13:35~13:55休憩。
そのあと、海岸沿いに走り、舞鶴引揚記念館にて15:15~16:15見学。
宮津ゆらゆら温泉(宮津ロイヤルホテル)には17:15到着。43名のグループ。

お天気は、東京は晴れ。岐阜羽島からは、途中は、雨が降ったりやんだり、とにかく、目まぐるしく変化した。ガイドさんの説明によれば、こちらは、いつも傘をもっていたほうがいいとのこと。その言葉通りの旅だった。
ただ、そういう天気の中、行く所へつくと、さっきまで雨だったのに、晴れたりして、すごく幸運の旅でもあった。

初日は、日本海側の景色がとても印象的で、若狭湾からその先の沿岸の風景を堪能できた。また、ガイドさんが、ずっと、地理歴史の案内をしてくれて、ほんとうに勉強になった。
ただ、もうすこし、時間をあけてくれてもよかったなと思った。ずっと聞いていると、景色をゆっくりと楽しめないから。

舞鶴港は、軍港として昔から知られているとのことで、いまは、海上自衛隊の基地もあり、艦船も停泊していて、見ごたえがある。赤レンガの倉庫街をバスから見たが、やはり、こういうものは、あちこちであるものだなと思った。

初日は、あまり、観光らしいことはなかったが、宿は、よかった。
洋室だが、バストイレ付、広々として、湾内の景色もよい。小高いところにあり、とても、静か。風呂も、大浴場は、広くてよかった。
夕食も、バイキングと言われてたが、和食のコースのテーブル席で、結婚式ホールなので雰囲気もよかった。
ただし、翌朝のバイキングは、ほかのツアー客もたくさんいて、戦争状態で、ほとんどおかずもとれず、コーヒーだけとりにいくのに、10分も並んで、バス10台のお客がいるのだから、それだけのお客を想定して、もうすこし、考えてほしかった。

[舞鶴港からの景色の写真]

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by keika-ch32 | 2011-11-26 12:05 | 旅行記

「書剣恩仇録」を観て


チャネルNECOで放送された「書剣恩仇録」を観た。全部で40回。

清朝の乾隆帝のころの話。フィクションなので、物語は、すこし意外性がある。

大筋は、ここにリンクしたサイトを見ればわかるので、省くが、乾隆帝が先帝より皇位を継いだところからはじまる。
彼が、実は、漢人の子供で、生まれてすぐに、先帝が実の子として育てる。
それは、満人では自分のあとを継がせるほどの子がいなかったということらしい。
それを知っているのが、先帝が身分をはく奪して追放した先帝の九弟。

この物語は、その九弟が、復讐のために、「紅花会」をつくり、朝廷と対立する一方、実は、それを利用して、自分の身分の回復をねらうというもの。
ただ、乾隆帝の実の弟(陳家洛)も、利用され、その「紅花会」の二代目当主になる。
真相は、次第に知られていくが、九弟と陳家洛と乾隆帝の関係がおもしろい。
殺し合いをしつつ、許しあいもする。

また、特に、印象にのこったのは、夫婦愛、恋人どうしの恋愛という面がとてもていねいに描かれていること。
西域の美しいホチントンと妹カスリーもいい。
見ていて、花があるし、きれいだ。
血みどろではなく、とにかく、情愛があり、皇帝も、けっこう女に弱い面があったり、間抜けなところもあったり。
いろいろと、武侠ドラマは、見ているが、全体として、とても、見ていて、楽しかった。

やはり、監督の違いかなと、つくづく感じた。
役者も、みな、よかった。あの皇太后も。
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by keika-ch32 | 2011-10-15 13:53 | エッセイ

長野の旅(2)

長野の旅(2011-9-7)

朝、気温は、15℃ぐらいか。夫は、6時に起きて、さっそく、散歩がてら、朝市へ行く。
私は、まだ、ふとんの中でのんびりしていた。

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6時半に起きて、温泉に入り、夫も、そのあと、戻り、朝市で漬物などを買ってきたのをみせる。
夫が、お風呂に入ってから、7時半に朝食。
ここの宿は、夕食もよかったが、朝も、バイキングだが、なかなかのもの。
食いしん坊の夫は、二食分食べる。私は、控えめにした。

快晴の天気なので、食後、30分ぐらい、私も、昼神温泉を散歩をした。川のそばを歩くと、遠くに山が見え、とても、きれい。空気がおいしい。

今日は、日本のチロルともいわれた。上村の「下栗の里」へいくことにした。
山の急な斜面にある村落の風景がとても有名だ。
これだけ、快晴の日にいけて、とても、感謝している。
宿を9時ごろに出て、11時すぎに到着した。けっこう、険しい道で、ここに村があるなんて、信じられない。
展望台まで往復40分歩く、山道なので、けっこうかかった。
大きなカメラをもっている人がいて、やはり、ここは、撮影スポットなのだと思った。
私も、とても、いい写真がとれた。

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店も閉まっていて、朝市で夫が買った「ゆでとうもろこし」を食べる。このあと、しらそび高原に行くが、お昼が食べられるといいなと思って。

しらそび高原には、一時ごろについた。キャンプ場なので、ちゅんと、レストランもあった。
山菜そばと五平餅のセットを食べる。夫は、「お腹すいてない」と言っていた。宿で二食分食べたものね。

ちょうど、食べ終わるころに、観光バスが二台つく。お客さんもたくさんを降りた。
食後、その辺を歩いて、展望台に上がる。まわりも、観光客でいっぱい。
写真をとっていたら、そこの添乗員さんから私たちに「撮りましょうか」と言ってくれた。
おかげで、ふたりの記念写真がとれた。(クラブツーリズムの方でした)

標高1900mのしらびそ高原からの眺めもよく、ほんとに山の景色を満喫した。

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そのあと、急な道を下山する。途中、迷子になるが、なんとか、無事に高速で夕方には帰れた。
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by keika-ch32 | 2011-09-08 15:56 | 旅行記

長野の旅(1)

長野の旅(2011-9-6)


9月6日から一泊二日で、長野の善光寺、昼神温泉、下栗の里、しらびそ高原に行ってきた。

前日まで、台風の影響でずっと雨が続いて、心配だったが、幸い、当日は、曇りから晴れになり、次の日は、快晴と天気に恵まれた。

東京から、高速で出発。途中、諏訪湖SAで休憩。湖がとてもきれいで、風もさわやかだった。


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昼ごろに、善光寺につく。夫は、三度目とのことだが、私は、はじめてなので、わくわくしていた。
よく知らないで「闇の回廊」を歩き、正直言って、あんなに暗闇が長く感じたことはなかった。
そのあと、光の世界に戻り、ほっとして、お守りを買うのも忘れてしまった。境内を歩いて、車に乗ってからやっと気づいたが、ご利益はもう授かったと受け止めることにした。


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そのまま、田園風景と信州の山並みを見ながら、南下し、夕方、昼神温泉に到着する。
急な川が流れている、山あいの温泉街だ。川の音が大きくて、木曽へ行ったときを思い出す。
宿は、とてもいい感じで、接客係の人が、いろいろとこの地方のことや、温泉街のことを教えてくれる。

今夜、近くの栗矢神社で「無礼講」を行うので、参加申し込みをした。
近くといっても、宿から送迎バスで20分かかる。

神降ろし、神遊び、神送りの儀式を経験する。本で、こういう祭りのことを読んだことがあったが、経験したことはなく、とても、よかった。
小さな村のこうした昔からの神事は、心を和ませてくれる。また、一夜の村民になれて、村の人たちにも、とても親近感がわいた。
今夜は、昔話をおかあさんたちが「語り」。日によっては、「能」もあるとか。
山の夜風は、寒く、かえってから、温泉につかり、大満足の一日だった。

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by keika-ch32 | 2011-09-08 15:45 | 旅行記

大沢の古八幡神社例大祭


今日は、午前中、快晴で、11時からお神輿の町内巡行がはじまった。
中学生たちも、神輿を担いていて、頑張ってた。


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by keika-ch32 | 2011-08-28 11:56 | エッセイ

村上春樹氏のスピーチ



東京新聞の記事に村上春樹氏の去る六月九日のスペイン・カタルーニャ国際賞授賞式のスピーチの全文が掲載されていた。

 その中で、特に感動した部分を書きとめておきたい。
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原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植えつけられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題と据えるべきだったのです。

それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会だったはずです。しかし、急速な経済安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

**********

今日、長崎の原爆の日の記念式典が行われ、テレビで放送されていた。
それをみて、この66年間の取り組みは、なんだったのかと思った。

原爆さえなければ、ほんとうに、なにごともなく、幸せに暮らせるのか?

本当は、人類にとって、「核」というのが、けっして、共存できないということのほうが、重要な部分だったのではないか?

我々は、中途半端に「脱原発」だのなんだの、言ってる場合ではないと思う。もう、それしか、ないのだ。その方向性を忘れては、いけない。
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by keika-ch32 | 2011-08-09 15:57 | エッセイ

西湖のいやしの里根場

 2011-6-8(水)

 河口湖の富士山を観てから、西湖へ向かう。

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 西湖では、残念ながら、もう、富士山は、雲に隠れてしまい、見れなくなった。

 やはり、富士山は、すぐに隠れてしまう。

 雲が厚くなってきたので、再び、富士山を観るのは、あきらめるしかない。

 今回は、西湖の近くにある、いやしの里根場を訪れた。

 なんども、西湖へは、来ているが、ここへははじめてだ。JAFの案内で知った。

 古民家風の家を山の斜面に建てて、昔の村をイメージした施設。

 ここは、昭和41年に台風で土石流が起きて、村が壊滅したところでもある。

 今回、はじめて、そのことを知った。そして、そのときの災害の写真は、今回の震災のものと、よく似ていた。資料をみていると、当時のことが、今のことのように思われた。

 平成18年にオープンしたので、建物は、まだ、あたらしいが、古民家を再利用しているので、雰囲気がすてき。

 坂をのぼり、ゆっくりと、建物の縁側で一休みしたり。風が心地よかったし、眺めもいい。

 富士山も、ほんとうは見れるらしいが、残念ながらだめだった。

 中学生たちの団体も、そこには、いろいろな施設があり、たくさん来ていた。

 紙すき、染め、陶芸、お香、匠、そばなどの体験学習ができるらしい。

 時間があるときに、また、来たいと思った。入園料も、350円(大人)で安い。

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by keika-ch32 | 2011-06-10 14:34 | 旅行記

中国語のことや、旅日記、もろもろの感想など


by keika-ch32
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