タグ:熟語 ( 16 ) タグの人気記事

全力を出す



  中国語の慣用句で、「吃奶的气力」=「全力を出す」という意味とある。

  例:
    他使尽了吃奶的气力了。
       (彼は全ての力を出し切った)


  この「吃奶的气力」を見た時、「乳を飲む力って、そんなにいらないのに、なぜ?」と考えてしまった。
  「そうか、全力を出すって、最後は、乳を飲む力も残ってないほどにという意味か」とわかり、納得した。中国語の慣用句って、ちょっとひねっているので、面白い。
   ただ、はじめに、例文なしで、ただ「吃奶的气力」だけ出ていたので、わからなかったのだ。全体の文章の中ならば、推測できる。

  「肉包子打狗」=「なしのつぶて」という慣用句は、漫画的で情景がすぐに浮かび、おもわず笑ってしまう。
   犬に、肉まんを投げたら、拾ってもってかえるなんてせずに、食べちゃうから。

  こういう、面白い慣用句は、一度覚えると忘れられない。
[PR]
by keika-ch32 | 2008-07-12 11:03 | 中国語熟語

結婚相手が見つからないのは



  私には、ちょっと理解しにくいのですが、みなさんは、どう思いますか?

  ある散文に、次のような文章が書かれていました。
 
 “水太清则无鱼”太聪明的女人,往往是找不到丈夫的。 
  「あまりに水が澄んでいると、魚は住めない」あまりに賢い女性は、得てして、結婚相手が見つからないものだ。

 私は、「汚れている女のほうが、結婚相手が見つかりやすいという意味なのか」という意味なのかと考えてしまった。

 一応、こういう考え方も、あるものだということは、わかったが。
 問題は、「聪明」とは、なにをさすのかだ。単なる頭のいいという意味ではないと思う。むしろ、「身持ちの堅い」「簡単に男にだまされない」という意味かな。

 中国では、やはり、あまり、身持ちの堅い女は、だめなのかな。
 現在は、こういう言葉が通るのだから、いろいろと世情のことをあれこれ推測してしまう。私が、古い人間なのかな。
[PR]
by keika-ch32 | 2007-06-05 12:53 | 中国語熟語

あら探しする



  「鸡蛋里挑骨头」

  文字どおり訳すと、「卵の中の骨を捜す」。意味は、「あら探しすること」だが、直訳だけだと、なんだろうと、考えてしまう。
  イメージがおもしろい。

  「自分は、自分のために、相手のあら探しをしてしまって、ほんとうにすまなかった。」というときは、

   我为自己鸡蛋里挑骨头而感到抱歉。

ちなみに、熟語を用いない場合は、「挑剔」(tiao1 ti)を使う。ごく普通に言う場合は、これでいいが、やはり、中国語の醍醐味は、おもしろい熟語で表現することだ。そうすると、ユーモアがあって、会話もにこやかになる。
  相手には、頭の固い人間ではないと、わからせるのも、いいことだ。
[PR]
by keika-ch32 | 2007-05-26 15:02 | 中国語熟語

別れの言葉



  普段は、「再見」を使っている私でも、手紙などでは、ちょっと、かっこよく中国語の熟語などを使いたくなる。
  話し言葉と書き言葉がほとんど一致している日本語のほうが、便利といえば便利だが、やはり、まるっきり、話し言葉のメールや手紙は、あまり好きではない。親しみやすいけれど、たまには、あらたまってみるのも、いいんじゃないかと思ったり。
  昔の日本人の書いた手紙などをみると、ほんとに美しい。日本人の情緒がしみわたって、いいなと思う。現代では、そういうのがなくなって、もったいないなと感じるのは、私だけなのだろうか。

  いっぱいあるが、いくつか、簡単な別れの言葉を書いてみた。

地久天長
例:願我們的友誼地久天長。

来日方長
例:来日方長,我們一定有機会見面的。

送君千里,終有一別
例:送君千里,終有一別。我們就在此分手吧。
[PR]
by keika-ch32 | 2007-05-05 12:05 | 中国語熟語

状況を見て、適切に対処する



  これは、毎日、ニュースで必ず耳にする言葉だろう。なにか、事件が起これば、「状況を見て、適切に対処する」と政府や、関係者がのたまう。
  日本語の場合と違って、中国語は、いろいろな言い回しがあって、実に多彩だと関心した。
  一番、わかりやいのは、「対症下薬」。それから、「看菜吃飯」「量体裁衣」もわかりやすくて、いい表現。こういう、言い回しをされるほうが、「状況を見て、適切に対処する」と平凡で無味乾燥な言い方されるよりも、いい。
  
  対症下薬  dui4 zheng4 xia4 yao4
  看菜吃飯  kan4 cai4 chi1 fan4
  量体裁衣  liang2 ti3 cai2 yi1

例:  在這個問題上我們必須対症下薬。
[PR]
by keika-ch32 | 2007-05-05 12:03 | 中国語熟語

笑いがこらえきれない



  忍俊不禁 (ren3 jun4 bu4 jin1)  
      笑いがこらえきれない


  例:
    他們難得的幽默,叫我忍俊不禁。
      (彼らの素晴らしいユーモアに思わず噴出してしまった)

  この例文の「難得」という言葉のニュアンスに、私は、ユーモアを感じる。日本語訳では、素直に「素晴らしい」と表現したが、「なかなか他ではきけない」という意味も含んでいて、なかなかいいなと思った。もちろん、心から相手のユーモアに対して、脱帽したという気持を表すときもあるが、ちょっと皮肉でいうときにも使える。
   こういう「含み」のある言い方というのは、私は、華僑学校では日常茶飯事だった。ところが、日本の高校に入ると、まったく通じない。相手に通じないユーモアというのは、つまらないものなので、次第に使わなくなった。
   ほんとは、中国語の会話って、お互いこういうユーモアをいうので、喧嘩していても、おもしろいのだが。
[PR]
by keika-ch32 | 2007-05-05 12:00 | 中国語熟語

待ちきれない

 
 2006年のクリスマス。あと、いくつ寝るとお正月という歌を思い出すころとなった。
 人間というのは、面白いもので、国が違っても、みな「新年」を待ち遠しく思い、新年を楽しく過ごそうとする。
 一年の中で、特別な季節があるということは、いいものだなと思う。
 暗いニュースばかりだけど、新年には、ちょっと希望を持ちたくなるというのも、いいものだ。
 そういう気持がないと、生きていけないのかもしれない。
 祝大家 新年快楽!

 迫不及待 (po4 bu4 ji2 dai4) 待ちきれない

 例: 
  你一定已経有些迫不及待了吧!
      (あなたは、きっともう待ちきれないほどでしょう)
[PR]
by keika-ch32 | 2007-05-05 11:54 | 中国語熟語

陰でこそこそする



  鬼鬼祟祟 (gui3 gui3 sui4 sui4 ) 陰でこそこそする 
 花様 (hua1 yang4) (ここでは) 悪巧み

  例: 
  他這両天鬼鬼祟祟地不知道搞什麽花様。
(あの人、この二日間、陰でこそこそどんな悪巧みをしているのやら)

  この「鬼鬼祟祟」の「鬼」という字は、日本の昔話にでてくる「鬼」のイメージとはまるで違って、もうすこし強烈な悪いイメージがある。相手を罵倒するときは、「○○鬼」などのように使う。
  だから、ここでは、日本語の「陰でこそこそ」の語感よりも強いと考えていいと思う。
  ちなみに、この台詞は、奥さんと、その友達が亭主のことをいっている場面である。この一言で、夫婦関係がよくわかる。こういう場面って、日本でもあるから、使えそう。
[PR]
by keika-ch32 | 2007-05-05 11:52 | 中国語熟語

朝から晩まで働く



披星戴月 (pi1 xing1 dai4 yue4)

   {成語}朝は早く出て夜は遅く帰る。精を出して働いたり、昼夜兼行で旅路を急いだりするたとえ。朝は、朝星。夜は、夜星。

 これは、現代人の生活にぴったりの表現ですね。ほんとに、週休二日になっても、休日出勤があったり、ほかの曜日が長時間労働になったり、この20年、逆にきつくなったと思います。正月まで、営業する必要は、ないと思うけど、やるんですね。
 結局は、欧米の国とは、「働く」という概念が違うから、形だけまねても、ちっとも、中身は、変わらないということなのだなと思いました。
 中国も、日本をまねて、すごく、生活が忙しくなっているようです。でも、中国の場合、やはり、日本とは、「働く」という概念が違っていて、「定年」後は、ほんとに趣味などをして、暮らしているようですね。日本は、「定年後」も、すぐに年金をうけとれないようにして、しばらく、働くように法を改正したけど、それを受け入れる国民なのだなと、つくづく思いました。

例:
  我每天重復着披星戴月,早出晚帰的生活。
   (私は、毎日朝から晩まで働き、朝早く出てよる遅く帰る生活をくりかえしていた。)
[PR]
by keika-ch32 | 2007-05-05 11:38 | 中国語熟語

ない知恵を絞る



 挖空心思 (wa1 kong1 xin1 si1)
  辞書によれば、「苦心惨憺する。ない知恵を絞る」とあるが、私が、ある中国語のエッセイでこの言葉を見かけたときは、ちょっとニュアンスが違っていた。

  恋人同士の会話で、ふたりが流れ星をみてから、男が「今、僕がなにを願ったか当ててみて」と言う。女は、ああでもない、こうでもないとあれこれと考える場面で使われていた。
  「ああ、そうか。日常よくある場面で使われるのだな」と思ったものだ。
  辞書を見るだけだと、もっと、大変な事に使われるような気がしていたから、やはり、こうした言葉というのは、いろいろな文章などを読むと、より正しいニュアンスが理解できるなと思った。

例:当我作文的時候,毎次都挖空心思。
(私が作文をするときは、いつもない知恵を絞っている)
[PR]
by keika-ch32 | 2007-05-04 13:59 | 中国語熟語

中国語のことや、旅日記、もろもろの感想など


by keika-ch32
プロフィールを見る
画像一覧